4月に初段から三段目を観劇した『妹背山女庭訓』の四段目。
四段目の一部一部の段は以前観たことがあるのである程度のあらすじは履修済み、あらためて前段通しで観劇してどんな感想が出てくるのかわくわくだった今回。
『妹背山婦女庭訓』(いもせやまおんなていきん)
上演された段のあらすじと感想
七月七日、三輪の里の酒屋、杉酒屋では近所の長屋の借家人たちが手伝って毎年恒例の井戸掃除が行われています。その後の酒盛りで掃除に来なかった隣家の求馬のことが噂になりました。そこへ現れた当人は手伝いを知らなかったことを詫びるものの、踊りの騒ぎに紛れて姿を消します。訪ねてきた家主の茂次兵衛(もじべえ)は大事な用があると女主人を呼び、鎌足の息子である淡海を見つけたら入鹿から大金がもらえる、という話を知らせます。詳しい相談のため、丁稚の子太郎(ねたろう)を残し二人は出ていきました。(井戸替の段)
隣家に美しい女が人目を忍んで入っていくのを目撃した子太郎は、寺子屋の七夕祭りから戻った娘のお三輪にそれを伝えます。お三輪と求馬は言い交した仲でした。お三輪はすぐに求馬を呼び事情を尋ねますが、春日大社の神子が仕事の依頼で来たのだと言います。心変わりはないという求馬の誓いに安心したお三輪は、七夕に、白い糸を男に赤い糸を女に見立てて苧環を祀り、変わらぬ仲を願う、という風習に習い、供えてあった苧環のうち赤い方を求馬に手渡しました。そこへ子太郎が見た女が現れ、求馬を巡っての奪い合いが始まります。戻ってきたお三輪の母も求馬が淡海だとにらみ、捕らえて褒美を得ようと加わりますが、女はそっと抜け出し、子太郎の機転でお三輪の母が止められているうちに、求馬とお三輪も出ていくのでした。(杉酒屋の段)
その美しい女性は実は蘇我入鹿の妹、橘姫(たちばなひめ)でしたが、追いついた求馬が名を尋ねても答えず恋が叶わない辛さを訴えるばかり。対してお三輪は求馬の不実や恋人を横取りする姫を責めると、二人は再び求馬の取り合いになります。しかし、夜明けの鐘に驚いた橘姫は慌ててその場を去り、求馬は姫の着物の袂に、お三輪は求馬の着物の裾にそれぞれ苧環の糸を結び付け、後を追うのでした。(道行恋苧環)
三笠山に新築された入鹿の御殿での酒宴の最中に、鎌足の使者と称して現れた漁師の鱶七(ふかしち)は、入鹿に鎌足が降参を望んでいると告げますが入鹿は信用せず、降参の印として献上された酒も毒酒だと怪しむため、鱶七は毒見と言いながら飲み干してしまいます。入鹿の臣下になる旨を記した書状を読んでもなお入鹿は疑いますが、毅然と言い返す鱶七を不審に思い、人質として御殿に留め置くことにします。残された鱶七は物騒な細工にも動じず詮議の場へ向かうのでした。(鱶七上使の段)
御殿に戻った橘姫の着物に結ばれた糸を手繰り寄せると求馬が現れました。いよいよ橘姫は求馬に素性を知られますが、実は姫も求馬が淡海だと察していました。正体を知られた淡海が橘姫の口を封じようと刀に手をかけると、姫は淡海の手にかかることを望むため、その覚悟を知り、入鹿から十握の剣を奪い返せば夫婦になると告げます。悪人とはいえ兄への恩と淡海への恋心のとの板挟みに苦しむ橘姫でしたが、天智帝のためと承諾し、二人は別れます。(姫戻りの段)
苧環の糸が途中で切れ、求馬とはぐれてしまったお三輪が御殿に辿り着きますが、求馬らしき男と姫の内祝言が執り行われると聞き、求馬を取り戻そうと御殿に入り込みます。お三輪が淡海と関係のある女だと察した官女たちは、お三輪にさんざんにからかい、嫌がらせをして立ち去ります。
受けた辱めと求馬の心変わりに激しい怒りと嫉妬の念を燃やすお三輪は祝言の邪魔をしようと奥へ踏み込もうとしますが、立ちはだかった鱶七に突然脇腹を刺されます。鱶七は実は鎌足の家臣、金輪五郎(かなわのごろう)であり、求馬の正体とともに、入鹿の力を弱めるために爪黒の鹿の血と、嫉妬や疑念に固執する「疑着の相」がある女の生血を注いだ笛の音が必要なことを明かしました。お三輪は自分の死が恋人の役に立つことを喜びながらもう一度逢いたいと言い残し、苧環を手に息絶えます。不憫に思った五郎はせめて葬ってやろうとお三輪の亡骸を背負い奥へ向かうのでした。(金殿の段)橘姫は淡海と示し合わせて宝剣を奪おうとし失敗しますが、聞こえてきた笛の音で入鹿は正気を失い、宝剣は龍と化し飛び去ります。やがて、玄上太郎らを従えて宝剣を携えた鎌足が現れ、淡海と金輪五郎も揃います。目を覚ました入鹿は、神鏡の威徳にたじろいだ隙に首を掻き斬られ空中を漂いますが、淡海によって祈り伏せられ、ついに入鹿は討伐されるのでした。(入鹿誅伐の段)
その後のあらすじ
都が江州(ごうしゅう、現在の滋賀県)へ移され、平穏が訪れます。そして橘姫と淡海は結婚するのでした。
上演前にざっとガイドブックに読んでいて思わず刮目したのが、その後のあらすじのところ。
まさかの結婚エンド(ネタバレ)
気を取り直して。
井戸替の段。
井戸替えという、井戸水をくみ出して中を掃除する作業が江戸時代の七夕の風物詩だったそう。
そして、神棚に備えられている物語のキーアイテムのひとつでもある「苧環(おだまき)」は、中国の「乞巧奠(きっこうでん)」に、牽牛織女(けんぎゅうしょくじょ)の織女にあやかり、裁縫や機織の上達を祈って供えられた、という中国の古い行事に想を得たものということ。日本古来の年中行事の「棚機(たなばた、禊の行事)」と、中国から伝わった「乞巧奠」が融合してゆき、現代ではむしろ織姫と彦星の物語としての印象が強くなっているのもとてもおもしろい。
爪黒の牝鹿の生き血と同じく、もともと存在も由来も知らなかった苧環、なるほど~と納得。
杉酒屋の段も今回初めて観ました。この段、求馬(淡海)とお三輪、橘姫の三角関係を理解するためにすごく重要だった。
これまでの流れから、もしかして、求馬とお三輪が恋仲ってお三輪の一方的な勘違い?なのかもしれない??という想像を捨てきれていなかったのですが、お三輪ちゃんの勘違いでも何でもなく、ちゃんと誓い合っていたとは。
いやこれもうお三輪ちゃんシンプルにめちゃくちゃ騙されてるやんってなりましたよ…
そうなると、潜伏先でちょうどいい気晴らしにお三輪を騙した、という路線すらあやしくなってきません?
むしろ初めから入鹿討伐と帝位の回復しか頭にないごりごりの忠誠心の塊のような男が、疑着の相の女の生き血のためにお三輪を利用したのでは?と考えた方が自然ともいえる。
金殿の段で金輪五郎がお三輪に「淡海が疑着の相の女の生き血を必要としている」ということを語るものの、淡海自身がそのことを前もって知っていたのか、どのタイミングで知ったどうかについて不明なため、私の勝手な想像でしかないけれど。
道行恋苧環。
前回観たときはここからスタートで、いきなりの道行に若干ついていけない部分がありましたが、今回はさすがにスムーズに入ってきました。
むしろ、道行は床と思っている自分としては床はもちろんお人形がとてもよくてびっくりした。
道行はどうしてもお人形の動きがおいてけぼりになる気がして観ているのが退屈になってくるのだが、今回はそれどころか、勘十郎さんのお三輪が素晴らしくて、ずっと目を離せず夢中で観てしまった。
お三輪はどこの誰かも分からない、けれども一見して高貴な出であるような女相手に一歩も引かないし、仲を誓ったはずの求馬の浮気心(?)も許さない。ものすごくまっすぐで純粋な恋情があふれていた。
鱶七使者の段。口が碩太夫さん、燕二郎さん、奥が錣さんと宗助さん。
これまた前回観たときはさらーっとだった気がするのに、めちゃくちゃよかったんですが!
正直、物語的にクライマックスである金殿の段より心中大盛り上がり。
まずは、段名にもなっている鱶七=金輪五郎(玉志さん)の肝の据わったごっつい海の男感、鎌足の忠臣としての堂々としたたたずまい。
玉志さんの最近のお役で一番かっこよかったなあ。
4月に入鹿を遣ってらっしゃったときよりも!
そして床も最高。錣さんと宗助さんコンビの絶大な安心感&口のお二人もよかった~。
金殿の段、お三輪ちゃんの感情があまりに痛い。
女たちからのいじめへの忍耐、求馬のへの恋心、橘姫への嫉妬、そして裏切りへの怒り。
同じように、結果として死を選んだ雛鳥も恋に生きたといえるかもしれないけれど、ものすごく対照的な二人なんですよね。
家柄がもとで心は通じさせても添い遂げられない雛鳥と、すぐに恋仲になれたのに心は最期まで離れ離れだったお三輪。
圧倒的に違うのは、お三輪の恋は最初から最後までただの一人芝居で、恋心が報われた瞬間があったのかな、とすら感じてしまうこと。
自分の生き血が役に立つなら、と未来で添い遂げたいと願いながら息絶えて、だなんて、お三輪は喜んでいても観ている私は全く喜べんわ!と憤りすら感じましたよ…
しかも、ガイドブックでネタバレを食らった、残った2人が結婚エンド、だなんて、来世も難しそうで残酷。
ということで、最後まで淡海と橘姫には寄り添えず終わりました(私が)
それにしても勘十郎さんのお三輪ちゃんが素晴らしく、勘十郎さんの女役で一番ぐらい好きかもしれない。
前の感想はどう書いていたんだろ、と調べてみたら「最近観た勘十郎さんの中で一番好きでよかったと思った」と書いていて、まったく同じで面白かった。
琴責めとか、狐とか、勘十郎さんといえばなお人形はたくさんあってどれも素晴らしい中、お三輪のような、ひとりの女としての感情や生きざまがシンプルに描かれたお役が、自分の胸を打つようです。
入鹿誅伐の段、国立文楽劇場では開場以降初めて上演されたそうなのですが、初めてなのが分かる、少々しっちゃかめっちゃか感がある仕上がりだった。
宝剣が進化したミニリュウと飛び回る入鹿の首がシュールさを醸し出していた。
ともあれ、ラスボスが討伐される段を観られるのと観られないのではスッキリ爽快感がまったく違うのでありがたいです。
妹背山女庭訓、とにもかくにもお話として面白く、時間を空けたとはいえ通しで観劇することができてものすごくよかった。
歴史的要素、ファンタジーRPGみ、恋愛話、親子の愛情、兄弟の絆、などなど、各段が独立していそうで絶妙に絡み合っている、壮大な物語だった。
登場人物の背景や境遇が対照的だったりするのも、妹背山、という大きなモチーフをもとにしているのかなと思ったりも。
三輪(奈良県桜井市)にちなんで、大神神社から授与されたという杉玉と、三輪の地酒「三諸杉」の樽が飾られていました。
1階のロビーでは名産の三輪素麺や三輪で作られたお蕎麦も売られていて、どちらも買って帰る。
もしかして三諸杉も売っていたのだろうか、売っていたなら欲しかったな~(おいしい)
観光協会の方々がいらしていて、三輪の景色のVR体験もできました。初VR、長時間すると絶対酔うと思った。
最近、公演中の土日の劇場ではこんなふうにイベントや販売があって楽しいですね。
ちなみに茶屋の缶ビール販売も復活していました(誰得情報)
観劇後、友人たちと天神橋のスペシャルな居酒屋さんに行ってきました。
おいしすぎて写真も撮りまくったので、別アップします。
お盆の定番、麺類と煮物と天ぷら、ということで劇場で買った三輪素麺工業協同組合さんの「緒環の糸」という素麺を食べました。
三輪素麺はいろいろと食べているつもりだったけれど、初めましてだったこちら。
ものすごく細い(茹で時間1分)なのにコシがあって、口に入れた瞬間の粉の香りといいのど越しといいつゆとの絡みといい、とってもおいしかった!
調べてみると、この等級で上から2番目、1束/50gあたり約475~525本 ということで、1等級の「神杉」になると、1束/50gあたり約600本になるそう。
茹で時間は約50秒、とんでもなく細そう。