2021年初春文楽公演『妹背山婦女庭訓』@国立文楽劇場

2021年1月の国立文楽劇場の外観

2部と3部は同日観劇にしました。3部のスタートが早く空き時間が1時間ということで、前回と同じくなんばウォークの正起屋でさっさと食事をとった。舞台裏は相当大変だろうな…
思えばひとりでゆっくり飲んだり食べたりすることは、文楽観劇のときだけになったなあ。ひとりランチもひとり飲みもひとりディナー(お店にもよる)も大好きなので、そのうちそんな時間も取れたらなあと夢のように思う。今のところ、時間のゆとり以前よりも高すぎる壁があるけれど。

◆『妹背山婦女庭訓』(いもせやまおんなていきん)

道行恋苧環(みちゆきこいのおだまき)
鱶七上使の段(ふかしちじょうしのだん)
姫戻りの段(ひめもどりのだん)
金殿の段(きんでんのだん)

天智帝の忠臣である藤原鎌足と息子の淡海は、帝位を奪うため十握(とつか)の剣を盗んだ蘇我入鹿を打倒し、帝位の回復を図っています。
三輪の里に烏帽子折職人の求馬(もとめ)として身を隠している淡海は、杉酒屋の娘お三輪と恋仲になっていますが、求馬の家に通う美しい女性がいると聞いたお三輪は求馬を問い詰めます。二人が赤と白の苧環(おだまき)で気持ちを確かめ合っているところに件の女性が現れ、求馬の取り合いになったのち、逃げる女性を求馬とお三輪が追いかけます。

 

その美しい女性は実は蘇我入鹿の妹、橘姫(たちばなひめ)でしたが、追いついた求馬が名を尋ねても答えず恋が叶わない辛さを訴えるばかり。対してお三輪は求馬の不実や恋人を横取りする姫を責めると、二人は再び求馬の取り合いになります。しかし、夜明けの鐘に驚いた橘姫は慌ててその場を去り、求馬は姫の着物の袂に、お三輪は求馬の着物の裾にそれぞれ苧環の糸を結び付け、後を追うのでした。(道行恋苧環)

三笠山に新築された入鹿の御殿での酒宴の最中に、鎌足の使者と称して現れた漁師の鱶七(ふかしち)は、入鹿に鎌足が降参を望んでいると告げますが入鹿は信用せず、降参の印として献上された酒も毒酒だと怪しむため、鱶七は毒見と言いながら飲み干してしまいます。入鹿の臣下になる旨を記した書状を読んでもなお入鹿は疑いますが、毅然と言い返す鱶七を不審に思い、人質として御殿に留め置くことにします。残された鱶七は物騒な細工にも動じず詮議の場へ向かうのでした。(鱶七上使の段)

御殿に戻った橘姫の着物に結ばれた糸を手繰り寄せると求馬が現れました。いよいよ橘姫は求馬に素性を知られますが、実は姫も求馬が淡海だと察していました。正体を知られた淡海が橘姫の口を封じようと刀に手をかけると、姫は淡海の手にかかることを望むため、その覚悟を知り、入鹿から十握の剣を奪い返せば夫婦になると告げます。悪人とはいえ兄への恩と淡海への恋心のとの板挟みに苦しむ橘姫でしたが、天智帝のためと承諾し、二人は別れます。(姫戻りの段)

苧環の糸が途中で切れ、求馬とはぐれてしまったお三輪が御殿に辿り着きますが、求馬らしき男と姫の内祝言が執り行われると聞き、求馬を取り戻そうと御殿に入り込みます。お三輪が淡海と関係のある女だと察した官女たちは、お三輪にさんざんにからかい、嫌がらせをして立ち去ります。
受けた辱めと求馬の心変わりに激しい怒りと嫉妬の念を燃やすお三輪は祝言の邪魔をしようと奥へ踏み込もうとしますが、立ちはだかった鱶七に突然脇腹を刺されます。鱶七は実は鎌足の家臣、金輪五郎(かなわのごろう)であり、求馬の正体とともに、入鹿の力を弱めるために爪黒の鹿の血と、嫉妬や疑念に固執する「疑着の相」がある女の生血を注いだ笛の音が必要なことを明かしました。お三輪は自分の死が恋人の役に立つことを喜びながらもう一度逢いたいと言い残し、苧環を手に息絶えます。不憫に思った五郎はせめて葬ってやろうとお三輪の亡骸を背負い奥へ向かうのでした。(金殿の段)

 

三輪山(奈良県)の大神神社は小さい頃から幾度となくお詣りさせたいただいてきた馴染み深い神社で、自分にとってゆかりのある場所でもある。三輪という地名の由来にもつながる糸の物語は古事記で読んだ記憶がなんとなくあったが、それが苧環型という、糸をたよりに相手の正体を探る物語の原型になっているというのは初めて知った。おだまき、というと小田巻蒸し、といううどんの入った茶わん蒸し(って関西だけ?)がまずイメージとして出てきてしまうけれど、これも調べたら苧環がもとになっているそう。

近松半二が中心となって作られた時代物。近松半二の生きざまを描いた大島真寿美さんの『渦 妹背山婦女庭訓魂結び』を拝読してからずっと観たかった演目が観られるということでめちゃくちゃ楽しみだったのだが、この物語の根底にあるダイナミックな力強さが、今もこうして思い出して文字に綴ろうとするだけでまさに渦のように自分の心の深くを巻き込んで揺さぶってくるような気がする。
大島さんと言えば、今回のガイドブックに「言葉を超える魅力」という寄稿をされていた。これがもう心の赤べこの首振りが止まらない内容でとてもよかった。大島さんの熱量が伝わる潔い文章だった。そして、この『渦』の続編にあたる『妹背山婦女庭訓 波模様』という連作短編のシリーズを書かれていることを知れたのがうれしくて!すごく楽しみ。

 

2021年初春文楽公演ガイドブック配役表

 

さて、横道に逸れまくったので戻します。
まず道行、なのだけれど、出てきた瞬間からお三輪(勘十郎さん)の求馬(勘彌さん)への矢印(というかむしろ圧)があまりの大きさでおののく。もうこれ、求馬はマジでどんな気持ちでこんな修羅場にいるんだろうと想像してみるも分かるものでもないし、床に集中しようとしても女性2人がすごすぎてそれも許されないという。どんな状況。それぐらい求馬は空気(いい意味で)だった。最後に苧環をぐるんぐるん回していたのが、意外と力はあるのね…と思ったぐらいの印象。対してお三輪は見えざる圧を放っているとは思えないナチュラルな非力さでやや頼りない回し方、こんなところもさすが勘十郎さんと思った。
そんな舞台に釘付けになりがちな中、床は素晴らしくて、私、織さんと勘十郎さんの合わせがけっこう好きかもしれないと思う。最近多いしね。
もう一人の女性、橘姫(紋臣さん)は、お三輪に負けるかと思えば全くそうでもなく、お姫様らしい上品さもありながらもお三輪の圧には負けませんという高貴な出ゆえの無知っぽさおっとりさがあって、こうもタイプの異なる女性2人から言い寄られる求馬という男性に謎が深まるばかりであった。
というか、結局上演された段だけでは求馬(淡海)という男がどういう人間なのかがまったく分からないんだよなあ。鎌足の息子ということを隠しているくせに、潜伏先で恋人をつくるってどうなの。2019年に東京では通し上演があったそうで、ものすごく観たかったなあと思う。少なくとも、今のところ自分の中では求馬はいつものクズ男ほどではないにしろ、わりかしダメ男のポジションです。どうかお三輪のためにもこれから挽回して。

 

文楽友の会会報214号

 

苧環を抱えるお三輪ちゃん。

鮒七(玉助さん)に刺されるあたりのお三輪、すごかったな。「疑着の相」?生血を注いだ笛?と思うけれど、あのお三輪の生血にはなにかしらのパワーがあるに違いないという妙な説得力があった。
このお三輪ちゃんが最近観た勘十郎さんの中で一番好きでよかったと思ったので、勘十郎さんランキングできっと上位なんだろうなと思っていたら10位と意外な結果(『文楽へようこそ』より)
鮒七に刺されて、求馬の役に立てるならうれしい、と苧環を抱きしめながら息絶えるというところをいろいろ試しているけれど、まだ違うなあと思案している、と書かれてあるのだけれど、これなのかも、とひらめいた。たぶん、勘十郎さんと言えば、のお人形よりも、物語にすっと溶け込むような役が好きなんだと思った。溶け込む、というにはお三輪はインパクトありすぎだけれど、それでも物語の一員として、すっと存在している、というか、勘十郎さんの、という枕詞を置かないで観られるというか。もちろん勘十郎さんがすごい方なのは当たり前だし、完全に私の好みの話です。感覚を文章にするってほんとうに難しいな。

金殿の段の錣さんと宗助さん、素晴らしかったなあ。このお二人もよくセットで出られているけれど、やっぱり相性みたいなものはあるのかなと思う。宗助さんは、友の会のイベントで「セットというわけではないんですが、笑」と仰っていたけれど、しっくり聞けるなあと思う。

お三輪お三輪と書きましたが、橘姫だって相当すごい。敵方の娘なのだからこれまで求馬と接点はないはずだし、一目惚れなの?そもそも求馬が淡海であると知っていたわけだから、自分から修羅の道へ突っ込んでいったのだろうか。ただのおぼこい姫でないのは確かである。
奈良のほうに住んでいた姫がしょっちゅう三輪の求馬へ会いに行っていた、っていうのもすごい。

あまりに気になることがたくさんあったので、全体のあらすじはチェックしたものの、前段通しで観たくなる演目。また大阪でもやってほしいなあ。

 

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