2021年錦秋文楽公演『ひらかな盛衰記』@国立文楽劇場

国立文楽劇場の外観

急に冷え込みが厳しくなってきて、あっという間に秋が終わっていきそうなこの頃。
錦秋文楽公演も無事閉幕。
以前より空席は少なくなったように思うけれど、平日の第三部はやっぱりかなり空いていた。

『ひらかな盛衰記』(ひらがなせいすいき)

大津宿屋の段(おおつやどやのだん)
笹引の段(ささびきのだん)
松衛門内の段(まつえもんうちのだん)
逆櫓の段(さかろのだん)
辻法印の段(つじほういんのだん)
神崎揚屋の段(かんざきあげやのだん)

2021年錦秋文楽公演の看板

これまでのあらすじ

平家打倒のため挙兵した木曾義仲は、平家を破って京へ入りましたが、乱暴狼藉をはたらいたため朝敵とされ、源義経に討たれます。
一方、義仲の御台所、山吹御前(やまぶきごぜん)は、子の駒若君(こまわかぎみ)と共に腰元のお筆(ふで)とその父、鎌田隼人(かまたのはいと)の元に匿われたものの、梶原景時(かじわらのかげとき)の家来、番場忠太(ばんばのちゅうた)に追われ、京から逃れます。

上演された段のあらすじと感想など

お筆と隼人の国元である木曾へと逃れる道中、大津の宿屋で摂津国の船頭、権四郎(ごんしろう)とその娘、およし、およしの前夫との子、槌松(つちまつ)一家と同宿します。3人は病死した亡き夫の菩提を弔うため西国巡礼をしていました。
隣同士になった両家は、むずがる駒若君に権四郎が大津絵を与えたことが縁で互いに打ち解けます。そして双方が寝静まった頃、目覚めて遊びだしたこどもたちが弾みで行燈の灯りを消してしまい泣き出したところに、大勢を引き連れ現れた番場忠太が踏み込んで来、暗闇の中部屋は大混乱となります。≪大津宿屋の段≫

靖さん&錦糸さんでスタートした『ひらかな盛衰記』。
ずっと観たかったので楽しみだった&靖さん好きなので出だしからもうわくわく。
そして、船頭の権四郎さん(玉也さん)と娘およし(勘彌さん)、武士隼人(玉輝さん)と腰元お筆(清十郎さん)という両家のやりとりやそれぞれの個性がとても面白くて、これは私の好きな感じ(キャラ立ちしている話)かもしれない…とニマニマしそうだった。

私は今回のお話で、およしがめちゃくちゃ好きになってしまった。
なんだろう、こう、病気で夫を亡くし、現在の夫があのパワフル樋口(観たら分かる、笑)、お父さんが船頭ならではのやんちゃ感ありつつも懐大きく家族思いの権四郎、亡き夫とのこどもと父と一緒に西国巡礼、というなかなかに濃い面々と濃い人生を歩みつつも、しっかり芯のある女性、というか。とても魅力的で美しいなと思った。
しかも、山吹御前と同じ老女方(ふけおやま)のかしらなんだよなあ。
佇まいや着ているものでもちろん山吹御前のほうが明らかに身分が高く美しいんだろうはずなのに。

駒若君と槌松が遊んでいるところ、和む。槌松が駒若君にちょっと偉そうにたばこの遊び方指導している感じとか、それをうずうず真似たがっている駒若君とか。
いつの時代もこどもは早く大人になりたがる。

駒若君を抱き、山吹御前の手を引いて宿屋を逃れたお筆たちでしたが、追手との戦いで隼人は忠太に討たれ、駒若君の首もはねられてしまいます。しかし、よく見ると駒若君の亡骸は笈摺(おいづる)をかけており、混乱のさなかに駒若君と槌松とを取り違えたことに気づきました。しかし、かねてからの衰弱と動揺のために山吹御前は息絶えてしまい、主君と父の敵を討つ決意を固めたお筆は、山吹御前を弔うために笹を切り、その上に亡骸を乗せ引いていくのでした。≪笹引の段≫

お筆ちゃんの若々しくカッコいいアクション。からの、父と主と主の子を亡くしたと思っていたら実は若君は生きている!となるふり幅、半端なかった…
この方、かなり融通のきかないまっ直線タイプ、こうと言ったらこう!な感じがする。若さゆえの部分もあるんだろうけれど。

権四郎とおよしは行方知れずの槌松の帰りを待ちながら、駒若君をわが子同然に育てています。その住まいを訪ねたお筆は、槌松の市を知らせるとともに駒若君を返すよう求めますが、義理を欠いたその態度に権四郎は怒り、駒若君を殺そうとします。そこへおよしの夫である松右衛門が駒若君を抱いて現れ、自らが義仲四天王の一人、樋口次郎兼光(ひぐちじろうかねみつ)であり、主君の敵である源義経に近づこうと権四郎の婿となって逆櫓(さかろ)の技術を習得したことを明かします。権四郎の怒りも分かるが、自分と縁を結んだ宿命として主君の子を助け、武士道を立てさせてほしいと願うと、権四郎はついに納得し、お筆は駒若君を樋口に託して敵討のために旅立ち、残った人々は槌松の回向をするのでした。≪松右衛門内の段≫

お筆の言葉足らずっぷりがひどい。何度「言い方よ…」と心の中で突っ込んだか…
お筆には申し訳ないがとても、若さゆえ、だけではフォローしきれず。権四郎がキレるのも当然。
そして、樋口(玉男さん)が出てきた時からかっこいい。正体を明かす前と後で佇まいや迫力が違う感じもするし、樋口と名乗ってからはどっしりずっしり迫力があった。

約束どおり逆櫓の稽古が始まり、その最中に樋口は船頭たちに襲われます。景時は樋口の正体を見抜いており、稽古にかこつけて捕えようとしていたのでした。船頭たちを倒した樋口は松の木の上って物見をし、既に自分が包囲されていることを知ります。権四郎の訴人を受け、源頼朝の家来、畠山庄司重忠(はたけやましょうじしげただ)は、樋口を訴人した代わりに樋口と血縁のない孫の命を助けてほしいという権四郎の願いを受け入れ、駒若君の命を助けられたことを知った樋口は喜んで縄にかかるのでした。≪逆櫓の段≫

権四郎、やはりただのおじいちゃんではなかった。めちゃくちゃ切れ者。
その裏で、私はこの物語(上演された段で)一番踏んだり蹴ったりなのはおよしちゃんやん…ととても不憫になった。
前夫は病死、忘れ形見の槌松は、自分たちのミスとはいえ殺されてしまい、わが子同然に可愛がってきた駒若君は結局返さないといけない。
そして愛する夫は正体を隠していたという。
樋口に父の訴人を伝えたあとのおよしの姿が、とても悲しく見えてかわいそうだった。
ちなみに、捕まった樋口はというと、その忠臣ぶりに感心した義経に縄を解かれるものの、忠太を捕えてお筆と梅が枝に父の敵を討たせた後、自らは平次を討ち、義経らに駒若君の行く末を頼んで自害する、という、およしにとっては厳しい結末。
夫が忠義を尽くすことができて幸せ、とするにはあまりに救いがないよなあと思ってしまうのは、現代人だからだろうか。
およしには、三度目も結婚でもなんでもいいので、全力で幸せになってほしい。

宇治川の先陣争いが元で勘当され、恋人の千鳥と摂津国まで落ち延びた梶原の長男、源太景季(げんだがげすえ)は、千鳥に神崎で梅ヶ枝(うめがえ)として遊女をさせ、自身は香島の辻法印の家に匿われています。駒若君を樋口に託したお筆は立ち寄った香島の里で、辻法印に妹の居場所を占うよう頼みますが、法印のあやふやな占いから神崎の廓を目指します。法印宅に戻った源太は、義経が一谷攻略の陣立てをすることを聞き、梅ヶ枝に預けた産衣(うぶぎぬ)の鎧を取りに行こうとします。しかしみすぼらしい紙衣では廓に入ることもできないため、嫌がる法印を弁慶に仕立て、百姓から兵糧米を取り立てようと一計を案じます。(辻法印の段≫

前段でやりきれない気持ちになっていたところ、法印(玉佳さん)が笑わせてくれた。玉佳さんのコミカルなお役はとても安心感がある。
きっとちゃんとした(ちゃんとしたって、笑)弁慶もできるのに、あくまで必死に弁慶に寄せた法印、というところがさすがであった。
が、またまた世間知らずの向こう見ず×2人が。いらいらさせるわー!の予感。

大名の客に呼ばれて千歳屋にやって来た梅ヶ枝は、お筆から父隼人の死を知らされ敵討ちを決意します。お筆が去った後、大尽姿の源太が鎧を受け取りに現れますが、梅ヶ枝は逢瀬のための揚代として鎧を質に入れていました。悔やんで自害を図る源太に、梅ヶ枝は請け出すための三百両を工面すると誓います。しかし手立てのない梅ヶ枝が、庭の手水鉢を無間の鐘(撞けばこの世では富豪になるが、来世では地獄に落ちるという鐘)に見立てて柄杓で打とうとすることろへ、二階から三百両が投げ落とされるのでした。≪神崎揚屋の段≫

梅ヶ枝は勘十郎さん。梅ヶ枝の世間しらずで向こう見ずなところと、傾城としての格や美しさやとが成り立っていて素敵だった。あらためて人間国宝認定おめでとうございます!
揚代のために預かった鎧を質に入れるのはどうかと思うのだけれど、自害を止めるために「お金のあて、あります!」と自信満々で言い切る姿は立派だった。それに対して源太のしょぼさよ…
相当なイケメンなはずなのに全然イケメンに見えないし、女に頼りっきりな典型的なダメ男だった。でもダメ男が久しぶりだったので、会えてうれしい気持ちもあったり。結論、ダメ男はたまにでいい。

2021年錦秋文楽公演の大道具
2021年錦秋文楽公演のチラシと友の会会報

上は展示されていた神崎揚屋の段の大道具。

一方、ない金をどう工面するか思い悩んだ末、地獄へ落ちてでも、という覚悟を決めた梅ヶ枝の庭での場面が、なんだかさらーっと流れていった感じがして、うん?となった。なんとなく物足りない感じ。

この後のあらすじ

鎧を取り戻した梅ヶ枝は、父の敵を討つ意思を源太に伝えますが、お筆は梶原景時、つまり源太の父こそが敵だと、二人に縁をきるよう迫ります。そこへ源太の母、延寿(えんじゅ)が現れ、梅ヶ枝の献身に感謝して三百両を与えてくれたことがわかります。自害の覚悟を見せる延寿に、姉妹も敵討を思いとどまり、源太は鎧を身に着け、梅花を箙に差して出陣していくのでした。

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『ひらかな盛衰記』、とても好きなお話でした。
『正写朝顔話』のように、登場人物のキャラが立っていて、物語としてのメリハリもあった。
願わくば、間に『団子売』を挟まず、普通に通しで上演してほしかったなあ。
一応観劇したけれど、『団子売』を観ずにご無沙汰している正起屋へ焼き鳥とビールで一杯やりに行こうかと本気で迷ったもの。

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