初春公演、いつもなら華やかなお正月の雰囲気も相まって心躍らせながら劇場に向かうのに、今年は複雑な気持ちの中の観劇となりました。いつまでこんな閉塞感を味わわないといけないんだろうと、お人形の世界から一気に現実に戻された気もして、新年早々なかなかに重い足取りで帰宅。早く心の底から楽しめる日がきてほしい。
◆『碁太平記白石噺』(ごたいへいきしらいしばなし)
浅草雷門の段(あさくさかみなりもんのだん)
新吉原揚屋の段(しんよしわらあげやのだん)
江戸浅草の雷門は観音詣の人たちで大賑わい。その中で豆蔵(大道芸人)のどじょうが巧みな弁舌を交えつつ手品を披露し、その稼ぎをもとに酒屋へ飛んでいきます。
その後、貸した金を返してもらうためにどじょうを探していた金貸しの観九郎が、父の敵を討つために遊女奉公をしている姉を尋ねて江戸へやってきた田舎娘のおのぶに、姉探しをするなら吉原で奉公すればよいとおのぶの叔父のふりをして売り飛ばそうとします。茶店で様子を見ていた吉原の揚屋の主人、大黒屋惣六(だいこくやそうろく)は観九郎に金を渡し、おのぶの身柄を引き受けます。
大喜びの観九郎は酒を呑みに行こうとしますが、これを盗み見ていたどじょうが地蔵に化けて、まんまとその金を巻き上げてしまうのでした。(浅草雷門の段)吉原の大黒屋で全盛を誇る傾城宮城野(みやぎの)の部屋へ、惣六が浅草で引き取ったおのぶが連れてこられます。宮城野は奥州訛りをおもしろがる遊女たちをたしなめ、おのぶに素性を尋ねたところ、出身地と父親の名前を聞いて自分の妹だと知り、姉であることを明かします。
年貢を納められず水牢に入れられた父を助けるために廓に身を沈めた宮城野は、何も知らない間に父は殺され母も病死し、悔しさのあまり敵討ちをするために姉を探しに江戸までやってきたというおのぶの話を聞いて、姉妹は泣き崩れます。
二人で敵を討とうと気を取り直したところ陰で話を伺っていた惣六があらわれ、すべてを知られたと姉妹は惣六に斬りかかりますがすぐに懐剣ははたき落とされてしまいます。
惣六は18年間苦労を重ねて敵討ちを果たした曾我兄弟を例に出して姉妹の短慮を諫め、敵討ちに協力すると言います。2人は思い留まり、惣六の申し出に感謝して時節を待つことにするのでした。(新吉原揚屋の段)
冒頭のどじょうのお正月らしく楽しいチャリ場(床本どおりでなく字幕もない現代アレンジのオリジナル)だった。
そして、地蔵に化けたあとのどじょうのかしらや衣装が最高に衝撃的だった。あまりに面白すぎてそればかりに目がいってしまい内容が全然入ってこなかったです(ほめてます)。白塗りのお顔に赤い頭巾、この頭巾がよくある三角形のタイプでなくて、頭頂部にウサギの耳みたいに1本つんととがった形のものがついていた。ゲームのピクミンの葉っぱみたいな。なんであんな頭巾なんだろう。どじょうの画像があればよかったのに…
そして粉が舞う場面があるからか白塗りだからそう見えるのか、かしらが異様なまでに白く粉っぽく見えて、それが逆に人形でなく人間が白塗りしているように見えてきて3人で白塗りの人間を遣っているようにしか思えず、脳内がいっぱいいっぱい。でもそんな奇妙な衣装で地蔵になりきるどじょうはとてものびのびと滑稽な動きで和みました。
騙される観九郎もあまりの地蔵の奇天烈っぷりにえっもしかして聞いたことある声のような気が?、と疑いだすのだけれど、亡き者にしてやろかー!と脅され夢なのうつつなのとさまよっていたら、結局大事などじょうの借金の証文まで奪い取られるという間抜けさ。
和生さんの宮城野、華やかー!だけれども上品。とてもおのぶとは姉妹に思えないぐらい美しくて落ち着いていた。おのぶとはどれぐらいの年の差なんだろうか。雷門のおのぶがだいぶ子供っぽかったのでけっこう差がありそうに思えたけれど、揚屋のおのぶはそこまででもなかったな。遊女たちをたしなめるところや佇まいそのもので、すでにお姉さん感が出ていた。
キーアイテムの『曾我物語』の本をめくるときの自然な視線の流れがすごいと思った。花魁で重さもあるだろう人形をあの自然なスピードでゆっくりと目線を動かすように遣っておられた。
それから、敵討ちを思い留まり、泣いた顔をきれいに化粧直しする最後の場面はほほえましくてよかったな。お化粧をする場面もわりと出てくるけれど、宮城野はさすが花魁、手慣れていた。おのぶは慣れない化粧のせいかくしゃみをしていた。
惣六(玉也さん)、いい人だったなあ。かっこよかった。揚屋の主人で儲かっているはずなのに鼻につくところがなくて、揚屋という商売やそこで働く人たちのこと、自分の立場をしっかりと理解している良識人だった。この「良識人」というのがめったに出てこないのでとても新鮮です。
宮城野のお部屋は2階にあるので、遊女たちが実際に階段を下りているように見えるようにお人形が下がっていく(ということは人形遣いさんもともに下がっていく)動きをされていて、ほのぼのした。が~まるちょば的な感じ。
『碁太平記白石噺』全体にとってこの姉妹の敵討ちの話はメインストーリーではないそうで、伊達家の領内白石出身の姉妹が亡き父の敵である剣術指南の侍を討ったという事件を取り込んで、幕府転覆を謀った由井正幸の慶安の変(1651年)の顛末を、楠正成没後の南北朝の争いの世界に仮託して脚色したものだそう。ここから姉妹はすったもんだしたのち無事敵を討つことができ、父母の弔いのために尼になろうとするが、またまた惣六(実は南朝派新田家の旧臣、島田三郎兵衛)に諫められるという流れだそう。
◆『義経千本桜』(よしつねせんぼんさくら)
道行初音旅(みちゆきはつねのたび)
兄頼朝と不仲になり追われる身となった源義経は、妻の静御前を都に残すことにし、形見として後白河院から拝領した初音の鼓を渡します。そこへ頼朝の追手があらわれ静を連れ去ろうとしますが、どこからともなく現れた義経の家臣、佐藤忠信(さとうただのぶ)に助けられます。この様子を見ていた義経は忠信に源九郎(げんくろう)の名を添えて鎧を授け、静を託して西国へ逃れるため大物浦(だいもつのうら)へ向かうのでした。
西国へ向かう船を暴風に流された義経が吉野に身を潜めているという噂を聞いた静御前は、忠信を伴い大和路を急ぎます。途中、忠信とはぐれてしまった静が初音の鼓を打つと、旅姿の忠信が忽然と現れました。
二人は義経から賜った鎧と鼓を義経に見立て思いを馳せながら道のりを進むのでした。(道行初音旅)
鶴澤清治さんの文化功労者顕彰記念公演ということでお弟子さんがずらっと並ばれ、演奏も素晴らしかったです。このたびはおめでとうございます。
道行は自分の中で床と三味線を堪能するものとしているので、存分に床と三味線を拝聴できて大満足です。静は呂勢さん、忠信(狐)は織さん。三味線の音が華やかで素敵で、ずっと聴いていたかった。