2020年初春文楽公演『加賀見山旧錦絵』『明烏六花曙』@国立文楽劇場

2020年新春の国立文楽劇場

初春の公演は都合により二部から観劇となりました。行って驚いたのがちらほらと空席が。ここ最近空席なんてあまり見なかったのでどうしたのかと気になったのだけれど、もしかして年間通しで公演されていた忠臣蔵が終わったから?それとも演目の引きの弱さ?一部は2列目が取れなくて大変だったのに、謎。
観劇してみると二作とも内容よりもほかの部分で刺激がありすぎて結局は濃い観劇になりました。そして三味線が素晴らしくて、物語がきつかった分すとんと胸に響いた。まあ、それでも新春から親子が折檻されるどんよりしすぎる作品をぶち込んでくるところ、嫌いじゃないけれど、笑。

◆『加賀見山旧錦絵』(かがみやまこきょうのにしきえ)

草履打ちの段(ぞうりうちのだん)
廊下の段(ろうかのだん)
長局の段(ながつぼねのだん)
奥庭の段(おくにわのだん)

奥向きで権威をふるう局の岩藤(いわふじ)と弾正(だんじょう)はお家横領を企んでいましたがその陰謀に関わる密書を落とし、中老の尾上(おのえ)に拾われてしまいます。

尾上を待ち受けた岩藤は、町人の娘で武芸のたしなみのない尾上を挑発し、耐える尾上に砂のついた草履を拭かせてその草履で打ち侮辱します。(草履打ちの段)
一方、尾上の召使お初(はつ)は、岩藤が弾正がとお家横領について密談しているところを立ち聞きしてしまい、密書を拾い企みの妨げになる尾上を侮辱し館から追放させようとしていることを知ります。(廊下の段)
奥御殿から戻ってきた顔色のすぐれない尾上をお初は「忠臣蔵」を例に、短慮を起こさないよう諫め、薬を煎じます。尾上はその間に書置きをしたため、遺恨の草履とともに文箱へおさめ、勝手から戻ったお初に実家に届けるよう命じます。尾上の命にしぶしぶ従ったお初は道中に胸騒ぎを覚え文箱を開け中を確認し一目散で館へ駆け戻りましたが、すでに尾上は自害したあとでした。亡骸の近くには主君への手紙と岩藤の密書が置かれており、自分が岩藤を討つつもりであった、とすぐに仇討ちの決意をし、草履と尾上の血の滴る懐剣を手に奥へ駆けていきます。(長局の段)
奥御殿の庭で身を潜めるお初は忍びの当麻(とうま)を口封じのために平然と殺す場面を目撃します。お初は平然と立ち去ろうとする岩藤の前に立ち、尾上の死を伝えてもとぼける岩藤に遺恨の草履突き付け斬りかかり、激しい争いののち岩藤を討ち果たします。騒ぎを聞きつけて現れた安田庄司(やすだのしょうじ)に尾上が拾った密書を渡し、事情を知り主人の仇を討ったお初の忠節を称え、今後は尾上の二代目を名乗るよう申し渡します。(奥庭の段)

“女忠臣蔵”とも呼ばれているというこの作品。女の園とか大嫌いな環境だし忠臣蔵は去年の余韻がまだ残っているのであまり気も進んでいなかったけれど、おもしろかったです。忠臣蔵的内容が、というよりもそれぞれのキャラがすごかった。
まず和生さんの尾上に圧倒されましたね…泣きの芝居だけでどれだけの引き出しがあるのか、毎回絶対違うんです。悲しさ、絶望、悔しさ、虚しさ、書ききれない。そっと懐紙で涙を拭くだけの動きであれだけの感情の揺れを見せられるのかと心底驚きましたね。『仮名手本忠臣蔵』では短慮を起こして自害する塩谷判官だった和生さんが、今回もまた結果として短慮を起こして自害してしまう役というなわけですが、判官のときとは全然違いました。当たり前だけど。塩谷判官のときは、やっぱりあの本蔵の「浅き工の塩谷殿」の台詞が忘れられずほんまそれなのですが、尾上は浅はかとは思えなかったな…なんだか、尾上の気持ち、わかるって思ってしまった。『仮名手本忠臣蔵』ほど、地獄の上に成り立つ誰の幸せ感はなかったです。尾上の生き様と、お初が尾上に寄せるまっすぐでひたむきな思いに感化されたのかどうなのか。不条理さはどちらも全く変わりないんですけどね。とにかくこの物語を単純に女版忠臣蔵と言ってしまうには私には少しだけ違和感があるかなあ。
由良助がめちゃくちゃかっこよかった玉男さんは、顔からしていやらしさ満点の岩藤です。終始嫌な人で、あまりの嫌な人っぷりに周囲からも「なんやのあのいやらしい顔!」という声が漏れ聞こえるほど。いやおっしゃるとおりお顔も嫌らしいんですけれども、仕草はもちろんたたずまいがすでに嫌らしい。それってすごい。尾上との扇の打ち合いやお初との立ち回りは迫力満点で、この無双岩藤にお初が勝つなんて無理なんではと一瞬思った。
お初ちゃん。出てきたときはまだまだかわいらしくて生まれたての小鹿みたいで「私なんて下っ端なんで申し訳ございません(涙)」て感じだったのに、尾上の自害後の豹変っぷりがただならなかった。さすが勘十郎さん。その勘十郎さんに織さん藤蔵さんがドはまりしていた。私、自分の文楽座デビューが織さん襲名と同じ2018年1月だったため織さんを勝手に身近に感じており、今回のどハマり具合はものすごく鳥肌ものだった。お初のキャラ変前、後(あえてのこんな書き方ですすみません)での緩急、表現の違いスピード感力強さ声の張り艶、いろいろとすごかった。劇的さを体現したらあの語りになるんだろうなと思った。藤蔵さんの三味線も素晴らしくて、まさに三位一体の醍醐味。長局の段、非常に観ごたえ聴きごたえのある段でした。
次の段の靖さんのお初もすごくよくって、私は普段は靖さんのような語りが好きなんです。だから今回太夫さんの語りの違い、個性、みたいなものをシンプルに感じました。私みたいな新参者は太夫さんの経歴なんて掘らない限り知ることもないし出てきたもので受け取るしかないので。もちろんもっと深く勉強すればこその世界があるのは分かっているけれど、今はこのライトな状況が心地よいし、まだまだこのままでいたい気持ちもある。

『文楽へようこそ』によると、勘十郎さんが好きな演目ランキングでこのお初は5位。昔は簑助様がこのお初を遣ってらして、左遣いが勘十郎だったそう。めちゃくちゃ観たい。
勘十郎さん、簑助さんのお初が尾上の肩を揉んだり着物を畳んだりせかせかとかわいらしくお世話をする姿が素敵で、と書いていらっしゃるんですが、勘十郎さんのお初もすっごくかわいくてきゅんきゅんした。なんてかいがいしいお世話姿なんだろう。あんなにかわいくお世話されてみたいと夢描いてしまいそうになる。時々友人たちと話すのですが、遣っているのは男性(むしろいいお年のおじさん)だよ?と。なのにあんなにかわいいなんてどゆこと?と。で、最後には人形に完敗、乾杯!となってお酒が進むという。
そして『壇浦兜軍記』の阿古屋琴責めと同じく勘十郎さんほんとにやってるシリーズでした。ほんとに畳んでるしほんとに肩揉んでた。かわいいとすごいが渋滞しすぎて呼吸を忘れるぐらい魅入っていました。下のポスターの黄色の着物を着た子がお初です。

 

2020年文楽新春公演のパンフレット

 

◆『明烏六花曙』(あけがらすゆきのあけぼの)

山名屋の段(やまなやのだん)

新吉原の遊女浦里(うらざと)には、春日時次郎(かすがときじろう)という恋人がいましたが、抱え主の勘兵衛(かんべえ)に逢うことを阻まれており、実の子であるみどりは禿として浦里に仕えています。時次郎はお家の重宝の金岡の掛け軸を紛失したことで死を覚悟し、ひと目浦里とみどりに逢おうと忍んで来ました。浦里は髪結いのおたつに早まったことはしないようにと戒められましたが、おたつの手引きで時次郎との再会が叶います。ところが勘兵衛こそ掛け軸の今の持ち主であり、勘兵衛は時次郎が浦里に掛け軸の行方を探させていると疑い、庭で遣り手のおかやに白状させるよう浦里を折檻させます。なかなか白状しない浦里に業を煮やした勘兵衛はみどりにまで手を上げますが、浦里に横恋慕している手代の彦六がおかやの代わりを申し出て二人の縄をとき、一緒に暮らすための路銀を取りに行きます。その間に様子を見ていた時次郎が二階から降りてきて掛け軸を取り戻します。路銀を手に戻った彦六はついでに掛け軸も取って行こうとして探すも見つからず、彦六によって気絶していたおかやが目を覚まし彦六ともみ合いになった隙に、時次郎はみどりを背負い浦里とともに賭けて行くのでした。

平成八年(1996年)以来24年ぶりの上演だそうです。一段だけの上演なので全体のストーリーが分からなかったため少し調べたところ、実際にあった事件を脚色した心中物のよう。折檻の場面は以前観た『鶊山姫捨松』の中将姫雪責めを思い出しました。というかオマージュなのかな。浅すぎる私調べではよく分からず。

浦里(勘彌さん)が出てきた瞬間から好みのお顔どストライク100000%で度肝を抜かれた。慌ててガイドブックを見るとかしらは「ねむりの娘」。これを観られただけでもうOK十分でございます!今までに観ていたら絶対覚えているはずと思い帰ってガイドを調べHPでかしら検索をしたところやっぱり初めてだった。
なんて生っぽくてリアルで艶のあるお顔なんだろう。登場時からもう憂いいっぱいな浦里なのだけれど、花魁としての華やかさもありながら控えめさもあり、みどりをかわいがる母としてのあたたかさもある。2列目で観ていてもあまりの生っぽさにお人形とは思えなくて目を疑いました。「ねむり」と名がついているからか、特に目を伏せたときの美しさたるや震えた。今度から「好きなかしらって何?」って聞かれることがあったら(どんなオタクトーク)、自信満々でねむりの娘と答えられます。ありがとう浦里と勘彌さん!
おたつに髪を手入れされているところの斜めのお顔もまた美しかった。普段あんな感じで世間話しつつお手入れしてもらっているんだろうなと唯一ほっこりした。おたつさんがめっちゃいい人。あんなにきれいで魅力的な浦里なのになんで時次郎みたいなしょうもない男に惚れたんだろうな理解できん(心中物の私のいつもの感想)

前回に引き続き勘彌さんへのファン度がうなぎ登りです。お石もすごくよかったし。勘彌さんの浦里はまた観たいなあと思いました。ただ折檻の場面は観るのがしんどいし、物語としてもぐっと惹きつけられるものがないのでしばらくは観られることはない気はする。
最後のチャリの彦六とおかやはけっこうガチのしばき合いで。2列目だと音もボスボス聞こえてなかなかの臨場感でした。

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