2019年11月文楽公演『心中天網島』@国立文楽劇場

2019年11月文楽公演看板

今月は1部2部ともに絶対に見逃せない演目だったので友の会会員先行発売初日に取りましたが、なかなかの激戦でした。1部は2列目真ん中あたりで鑑賞。字幕を観るには首の角度が大変厳しいので、逆にお人形に集中できていいですね。

◆『心中天網島』(しんじゅうてんのあみじま)

北新地河庄の段(きたしんちかわしょうのだん)
天満紙屋内の段(てんまかみやうちのだん)
大和屋の段(やまとやのだん)
道行名残の橋づくし(みちゆきなごりのはしづくし)

大坂・天満で紙屋を営む治兵衛(じへえ)は、従妹にあたる妻のおさんとの間に二人の子がありながらも、曽根崎新地の遊女・紀の国屋小春(きのくにやこはる)に入れあげています。しかし、商売仲間の太兵衛(たへえ)が小春の身請けを画策したために、今では二人で逢うこともならず、次に逢うときは心中を約束しているのでした。

ある夜、小春は侍客の相手をするために茶屋の河庄(かわしょう)へやってきます。約束を胸に河庄へ忍んできた治兵衛は、障子越しに様子を伺ううちに、小春が客のせえっとっくに耳を貸して心中を諦めると話すのを聞きます。怒った治兵衛は障子に脇差を突き刺しますが、その握った手ごと侍客に店の障子に縛り付けられてしまいます。実は客は侍に成りすました治兵衛の兄の粉屋孫右衛門(こなやまごえもん)で、小春の本心を探りに来たのでした。縄をほどかれた治兵衛は怒りに任せて、小春を足蹴にして去って行きます。(北新地河庄の段)

紙屋の店先に、孫右衛門とおさんの母が治兵衛を訪ねてやってきます。小春の身請けが決まったとの噂に、相手が治兵衛かと確認に来たのですが、太兵衛のことだとしって二人は安心して帰ります。ところが、炬燵に入った治兵衛は、太兵衛に面目を潰される口惜しさを嘆き、小春の尻軽さを軽蔑します。それを聞いたおさんは、小春が裏切ったように見せたのは自分が心中を思いとどまるように手紙を書いたからだと明かし、夫の面目を立てるために商売用の金を渡し、衣類を質入れして小春の身請け金を用立てようとします。そこへやってきたおさんの父・五左衛門(ござえもん)は、新地へ出かける様子の治兵衛を見て、おさんと娘のお末を連れ帰ってしまうのでした。(天満紙屋内の段)

治兵衛は、太兵衛に身請けされることが決まった小春と蜆川の大和屋で忍び逢っていました。治兵衛は帰ったふりをして潜みつつ大和屋にいる小春と待ち合わせているのです。そこへ小春との心中を心配し探していた孫右衛門が治兵衛の子勘太郎(かんたろう)を連れてやってきました。孫右衛門は、治兵衛は大和屋から帰ったこと、小春は2階で寝ていることを聞き、安心して立ち去りました。治兵衛は駆け出すと、孫右衛門の後ろ姿に手を合わせます。そこへ2階から小春が下りてきて、通りかかった火の用心の拍子木の音に紛れて戸を開け、二人は心中する場所を求めて立ち去っていくのでした。(大和屋の段)

二人は曾根崎新地から堂島を歴て堀川を超え、天神橋などいくつもの橋を渡って網島の大長寺へ辿り着きました。小春は、治兵衛を助けるというおさんとの約束が果たせなかったことが心残りだと嘆き、二人別々の場所で死ぬことを望みます。そして治兵衛は夜が明ける頃、小春を刺し、離れた場所で首を括って心中するのでした。(道行名残の橋づくし)

あらすじを打っているだけでも実に救いのない話です。享保5年(1720年)10月に起こったとされる心中事件を扱った上中下三巻の世話物で、近松門左衛門68歳の作。事件から2か月後の12月に大坂竹本座で初演されたそう。恐るべきスピーディーさ。

この治兵衛という男がもうどうしようもない男で。って私、文楽観劇記録でいつもどうしようもない男という言葉を連発している気がしますが、本当にそんな男しか出てこないんですよ…。いや、もちろんいい男も出てはくるけれど、やっぱりダメ男のほうが印象に残るからなのかどうなのか。
とにかくどうしようもない男、治兵衛がまた段によってふらふらとイメージが定まらないんです。治兵衛は勘十郎さんなので、色気を感じはするものの、めちゃくちゃ精神的な幼稚さを感じました。たぶんお兄さんの孫右衛門のせいですね。この兄弟かなりのブラコン。なので、治兵衛の近くに孫右衛門がいるときといないときで別人みたいに見えてすごいです。

そんな治兵衛の妻、おさんがめちゃくちゃいい奥さんすぎて泣ける。ダメ男にはいい奥さん、これいつもの定説です。おさんは清十郎さん。一生懸命頑張っている幼な妻感満載でした。こんなにかわいそうでかわいい妻をほおっておいて小春に入れあげた治兵衛が全く理解不能。私はかわいそうでかわいいというものにめちゃくちゃ惹かれるので(小春はかわいくてかわいそうなタイプ)、おさんが不憫で不憫でしょうがなかったです。最後、五左衛門に連れていかれるところは、こども二人がかわいそうで涙が滲んでしまった。一番かわいそうで不憫なのはお末と勘太郎です。

そしてその小春は簑二郎さんと簑助さん。河庄でずっと顔を俯いてばかりの小春ですが、ほかの人物の言葉を受けての首元のわずかな傾きから小春の苦悩やつらさ、色気まで漂っていてそこばかり舐めるように観ていました。簑助さんの小春はやっぱりふわふわとかわいらしく儚かった。道行の小春は逆に死地へ向かうというのに生き生きとして見えて、そのあとの心中が実にどんよりとつらかった。たとえお人形でも、死は何度観ても慣れることはないししんどいです。

全体的にどんよりさが漂う中、河庄の太兵衛と善六が治兵衛を馬鹿にしてほうきを三味線に見立てて浄瑠璃で悪口を言ったり、そのあと孫右衛門につまみ出されるところ、紙屋の丁稚・三五郎の阿呆っぽさ、治兵衛が仕事をしているふりをするところなど、笑いも多かったです。隣の外国人男性の方が熱心にガイドを聞きパンフレットも見ながら観劇されていて、笑いの場面ではしっかり笑っておられたので、日本の伝統芸能を楽しんでいただけたらうれしいなと思っていました。

このお話は心中する意思を決めた二人の物語のためわりと淡々と最期へと進んでいく感がありますが、ストーリーとしてのダイナミックさがない中での人物の心の揺らぎがより細やかに胸に迫りました。誰にも全く共感できないのに結局3回涙が滲んだという事実が、まさに三位一体の芸能のすごさだなと思いました。
同じ近松の心中物でも『曾根崎心中』とは全く違うので、そのうち文楽で観劇できるのが楽しみでもあります。

 

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