2023年初春文楽公演『良弁杉由来』@国立文楽劇場

2023年1月国立文楽劇場1

今年の初春文楽公演は1部を友人たちと3日に観劇しました。
お正月の華やかな雰囲気の中、文楽を観てデパートで欲しかったキッチングッズを買って、おいしい食事をして、という最高の年始のスタートを切れた充実の1日。
初日なのでさすがにほぼ満席だったかと思うのだけれど、恒例の手ぬぐいまきが抽選式になっていて、当たる当たらないは別にしてもさみしく思ったり。

『良弁杉由来』(ろうべんすぎのゆらい)

上演された段のあらすじと感想

官家に仕えた夫・水無瀬左近(みなせさこん)を若くして亡くした奥方の渚の方(なぎさのかた)は、忘れ形見である息子の光丸(みつまる)をただひとつの心の支えに暮らしています。
茶どころ志賀の里で茶摘みを楽しむ親子の様子を見た腰元たちは、左近が健在だった頃に茶摘みの宴で渚の方が舞ったことを思い出し、舞を勧めます。渚の方は亡き夫の追善のため、また光丸の成長を寿ぐためにと舞い始めます。父によく似たかわいい盛りの光丸が乳母の小枝(さえだ)を連れ回しながら歩いていると、比叡山の方から強い風が吹き下ろしました。女たちがうろたえ騒ぐ中渚の方は我が子を心配し急いで探し回っていたところ、風と共に現れた鷲が光丸を掴んで空高く舞い上がってしまいます。渚の方は叫びながら追いかけますが、鷲はそのまま光丸を連れ去ってしまいました。突然我が子を奪われた渚の方は腰元たちの制止も振りほどき、あてもなく息子の行方を追っていくのでした。(志賀の里の段)

桜の見ごろを迎えた大坂は桜の宮では、花見客を目当てに花売り娘や吹玉屋が賑やかに呼び立てています。そこへやって来た老女は、30年もの間我が子を探し求めている渚の方でした。心も着物も乱れ破れはてた渚の方は里のこどもたちにはやし立てられ、泣き伏します。
さまよい歩くうちに川面に映る自身の変わり果てた姿にふと正気を取り戻した渚の方は、我が子はもうこの世にいないと諦めがつき、菩提を弔うため志賀へ帰ろうと乗り合いの舟に乗せてもらいます。ところがその舟で、東大寺の良弁という僧が幼いころ鷲にさらわれ、今は立派な大僧正になっているという噂を聞き、奈良へと向かうことにしました。(桜の宮物狂いの段)

志賀の里の段と桜の宮物狂いの段で年月が流れたことはすぐ分かるのだけれど、まさか30年も経っていたとは思わず驚いた。
渚の方は和生さん。30年後のかしら、すごく生っぽかったよね、なんでだろうね…、きっと和生さんがうますぎるからだろうね、ということに落ち着いた、笑。息子を探し求めてさまよう姿がとても虚ろでこわくて。
30年という周りからすると長い時間、でも本人からしたらあっという間だったのかもしれない時間の軸の違いも感じさせるような渚の方だった。
そして、川面に映った自分の姿に我に返るところよ!
こういう地味目な物語に飽きさせずにぐっと引き付けて、むしろ惹き付けて離さない吸引力みたいなもの。私には技芸員の方々のどこがすごいのか上手なのか語れるほどのものはなにもないけれど、そんな自分にも届く、確かに卓越したものがあるのが分かるのがこういうときだなあと思った。

2023年1月国立文楽劇場2

やっとのことで東大寺の門前にたどり着いた渚の方ですが、自分の身なりに気後れし、途方に暮れています。そこへ雲弥坊(うんやぼう)が寺から走り出てきたため、渚の方は駆け寄って事情を話し、同じような過去があると聞いた良弁大僧正について教えて欲しいと涙ながらに訴えます。気の毒に思った雲弥坊は、自分は大僧正の近くへ寄ることも許されない身分であるため、僧正は毎日礼拝のために二月堂に向かうので、事情を紙に書いて二月堂の前の杉に貼り付けておけばお目にとまるだろうと代案を立て、手紙の代筆もしてくれました。ありがたく受け取った渚の方は、二月堂へと急ぎ向かうのでした。(東大寺の段)

大聖人として世に聞こえの高い良弁僧正は、日課の礼拝を済ませ、二月堂の前にそびえる大木の前で自身の身の上に思いを馳せます。幼い頃鷲にさらわれ、この杉の梢に引っかかっているところを当時の僧正に救われた良弁は、師の恩に感謝し、まだ見ぬ父母のことを思い涙に暮れます。
ふと杉の幹を見ると何かをしたためた紙が貼られており、誰が貼ったのかと近習に辺りを探させたところ、みすぼらしい姿の老女がいました。文面を読んだ良弁は老女に身の上を尋ねると、自分は官家旧臣・水無瀬左近の妻、渚の方であること、亡き夫の忘れ形見の息子を鷲にさらわれ、30年間探しさまよっていることを語ります。話を聞き、他人事には思えない良弁は涙を流し、その子に後の証拠となるようなものをつけておかなかったのか、と尋ねたところ、渚の方は、如意輪観音像をおさめた守り袋を光丸に持たせていたことを思い出します。それはこの品ではないかと僧正が取り出した錦の守り袋は、まさに光丸の衣にさげていた守り袋に間違いありませんでした。2人は30年ぶりの再会に喜び、人目もはばからず泣くのでした。
良弁僧正は、志賀の里に寺を建て、この如意輪観音像を収めることとし、渚の方は故郷へ帰り尼となり、夫の菩提を弔うことにしました。僧正はせめてしばらくの間だけでも孝行をしたいと、母を自らの輿に乗せ、二月堂を後にするのでした。(二月堂の段)

良弁は玉男さん。これがまたどっしりとオーラのあるお姿で、思わず拝みたくなってしまう。
それなのに、渚の方が母と分かってから急にほのかに漂いだす息子感に母性がくすぐられてしまった。とんでもなく位の高い人なのに、この人もお母さんからうまれたたったひとりのこどもだったんだなあと、30年前にあどけない姿で茶摘みをしていた光丸の頃がよみがえった。
お正月にも遠慮なく心中物や親子殺しのような暗いネタをぶっこむ劇場としては珍しく、悪い人も出てこない(強いていえば鷲?)ほのぼの系のお話ではあるとは思うけれども、この話の肝は、無事出会えてよかったね、ではなく、描写のない30年という年月の重さに思わず想像を掻き立てられること、またそれぞれの体感時間の違いも感じさせてくれる立体的な物語の広がりであるような気がした。めでたしめでたし、ちゃんちゃん🎶と終わるには濃密すぎるもの。和生さん、玉男さん、やっぱりすごいわ…

今回の公演は2部が30分後で、1部2部を続けて観る友人が焦ってお昼を買いに行っていたのだけれど、案の定開始が遅れたそうだ。実際1部と2部の入れ替え時間でロビーは人でごっちゃだったし(初日だったからかもしれないけれど)、スケジュールを組むときに、「30分?!無理やて!」と言う(言える)人はいないのだろうか…
3部制になってから入れ替え時間が本当に短くて、1時間あると、あー今回はなんばウォークまでちょっと1杯いけるわ(それでも忙しい)となるけれど、最近は劇場内の旧茶屋で持参したものを食べるか、となりのたこ焼き屋さんで駆け付け1杯するかですよ。
幕間もゆったりと楽しんでいたあの頃が本当に懐かしい。
そもそも2部が義経千本桜、3部が傾城恋飛脚に壇浦兜軍記、って、欲張りがすぎやしませんか?
私だってなんなら2部のすしやも観たかったし、3部の阿古屋も夜だし盛り上がるだろうから行けたら行きたかったけれど、友人から、あの阿古屋がまさかのがら空き!、時間見つけて行ってくる!という情報が流れてくるほど。
劇場側としては、新規客を取りたいゆえに3部に分けて1部あたりの値段も下げつつ有名な演目をばんばん入れたり、スポット観覧を出したりしているのだろう(完全にただの推測)だけれど、今のところそれが当たっているかというと、コロナ禍ということを差し置いたとしても厳しいのではないだろうか。
そもそもコロナ禍だから長時間公演を区切って3部にしたということもあるとは思うが、結果としてわざわざ観に行く層、お金を落とす層は変わっていないのでは?
むしろ減っているのではないだろうか?
だいたい大阪に住んでいても文楽にまったく興味がない人がほとんどなのに、そこから劇場へ行こか、となるには相当のエネルギーが必要なはず。
たとえばポスターひとつとってもイメージ自体は変わらないし、メイン告知がポスターや地下鉄周辺の壁面というのも、なんだかなあ。
もはやただの景色になっているんですよね、文楽のポスターが。
あまりに馴染みすぎている。
正直、このままではどんどん先細っていく未来しか見えない気がして悲しくなる。
もっと既存客、新規客のターゲットを明確に分けて、新しい販促なり告知なりをしたほうがいいと思うけどなあ。
長々と勝手なぼやきをすみません…

凹む話は置いておいて。
3日ということで開いているお店も限られている中、食にも詳しい友人たちが予約してくれた、「心斎橋 つかもと」さんへ行ってきました。
丁寧に丁寧にお仕事された新鮮絶品な魚料理ならここ!といわれることが納得の、素晴らしくおいしいお店で感動しっぱなしだった。

2023年1月・心斎橋つかもとののどぐろ揚げ出し

突き出し?なのかな、まず出てきたのがのどぐろの揚げ出し。
この1品で分かるお店のすごさ。
ほっこりと脂の乗ったのどぐろの身はもちろん、出汁に塩味の加減が絶妙すぎて、思わず飲み干してしまう。

2023年1月・心斎橋つかもとのお刺身盛り合わせ

和歌山産のものが多かったかな、お刺身盛り合わせ。
市場がお休みなので、大将の丁寧な仕事がこれでもかとなされていて、逆にこのタイミングだったことがよかったぐらいに思えるほどにおいしかった。
特に、普段食べている白身魚のお刺身との違いが半端ない。
関西は特にとれとれぴちぴち、こりっとした食感が好まれるので、熟成感のあるこういうお刺身は好き嫌いが分かれる、と大将は仰っていたけれど、私たちはもれなくノックアウト、むしろこれが好き!でした。
ひとりずつ美しく盛り付けしてくださっていて、目も喜びます。

2023年1月・心斎橋つかもとのくえ酒蒸しと寒鰤煮付け

手前が和歌山のクエの酒蒸し、奥は15kgオーバーの寒鰤の煮つけ。
言わずもがな、どちらも絶品。クエはいくつかの調理法から選べるうち、みんなが食べたことがない酒蒸しにしたところ大正解だった。もう、お出汁が最高すぎる。
お出汁の昆布はもちろん素材ひとつひとつに対するこだわりがすごくって、例えば山葵ひとつでも自身が静岡の産地へ行って選び抜いているそう。
話を聞いているだけでも楽しくて、おいしさが増します。
そして、なんと寒鰤の煮つけのお出汁を卵かけごはんにアレンジしてくださるんです。これがまた最高の〆すぎて締まらないぐらい、笑。

2023年1月・心斎橋つかもとの自家製からすみ

お酒の取り揃えも圧巻で、4人でかなーり飲みました。
自家製のからすみ、ねっとりとおいしかったなあ。
ほかにも、飲める出汁巻きやうなぎの握りなどたくさんいただきました。
絶対にまたお伺いしたお店です。

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